心の旅が始まる

日本で「フリー・ハグ」という言葉が聞え始めたのはいつのことだったろうか、等と考える。

Wikipediaによると、2001年にアメリカで始まり、日本で盛んになり始めたのは2006年から2007年くらいだということ。

渋谷や原宿で『Free Hug!』と書かれたプラカードを持った男女がたまに出没していたらしい。僕は見たことがないが。

 

そもそも日本人は、抱き合うことでコミュニケーションを取ることがあまりない。特に初対面だったり、それに近い頻度の人と抱き合うことはまれだと思う。

僕自身はそういうことに抵抗はないが、まあ抵抗がある人がいるのは間違いないし(特に異性間だとそうだろう)、それを強要するなんてとんでもないことだと思う。

 

ところで、僕は数年前、ネット上で知り合い、現在でもつきあいのある友人と初めて会った時、別れ際に自然にハグをしていた。それはとても自然で、まるでそうすることが何かの運命であったかのように、僕は彼の身体に手を添えていた。性愛では勿論ない。何かそこには慈しむべきものがあるように感じたのは覚えている。

 

最近は『フィジカル・コミュケーション』という言葉があるらしい、言語や視覚以外の感覚、特に身体的な接触によって相手との理解を深めていくやり方。僕らが子供の頃に『スキンシップ』といわれていたものと同じものだろう。

 

しかし、ネットの世界にいると、このフィジカルな関係性というのは希薄になる。相手の声や顔すら知らない状態で言葉だけが行き交う。そして、言語に対する認識力という、実は非常に個体差の激しいものが試されるような瞬間を幾度となく目にする。

それだけじゃ上手くいかないよなあ、と僕は思う。だから僕は出来るだけ他人の言葉に意見しないようにしている。勝手に『意見』『反論』だと誤解されることもあるが、根本的には自分のことを語っているつもりだ。もちろん行き過ぎることもあるし、それを反省したりもするのだけど。

僕は、いつも細々と自分のことをつぶやく。自分から世界がどう見えているのか、それに対してどういう行動を起こしたいのか。それが読む人にどう伝わるかはゆだねるしかない。難しいけど。

 

最近は、人と別れる時に握手をするようにしている。ハグすることもあるが、まあ親しい同性にほぼ限定される。ただ、その日にその人相手に費やした言葉や身振り手振りや表情や声の調子とは違う何かが、そうしたフィジカル・コミュニケーションで伝わればいいなと思う。

 

 

次回はいつ書こう?